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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)660号 判決 1961年12月14日

控訴人 株式会社熊本世界長改め 株式会社世界長雑貨部

被控訴人 岩下惟男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三五年九月二日附でなした強制執行停止決定を取り消す。

前項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

控訴会社は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴会社に対する熊本地方法務局所属公証人岡田藤太作成第八三、一五二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本の債権残元金五二万五、〇〇〇円に基く強制執行は許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴会社において、「一、被控訴人は自己の名義を表面に出して貸し付けることを避け、<世>という名義で控訴会社に貸し付け、控訴会社の代理人竹山泰二に貸金を交付したと言うけれども、竹山泰二は自己の負債を整理するため、控訴会社名義を悪用し、被控訴人と結託し、控訴会社代表取締役の監督管理の目を誤魔化し、<世>名義との取引をなしたと思われるが、同名義から竹山泰二が受領したと称する金員は、昭和三四年八月一五日現在五万円のみ残存する程度に返済され、また貸主竹山泰二名義で被控訴人から借用したと称する金員は、同年九月二日現在七万九、〇〇〇円を残すに過ぎない。そして、竹山泰二はその後帳簿に記載してある以外に金二〇万円を被控訴人に弁済したと証言するので、かりに右竹山泰二の受け取つた金員が控訴会社の債務になるとしたところで、本件公正証書の作成された同年一二月一日当時には、控訴会社の被控訴人に対する債務は全く存在しない道理であるから、本件公正証書は、債務がないのにあるかのように仮装して作成された無効のものと言うべきである。

二、控訴人は被控訴人に対し本件公正証書表示の七二万五、〇〇〇円に対し二〇万円を任意支払つたことはない。右二〇万円が支払われた経緯は、控訴人は三和銀行熊本支店に預金口座を有するところ、竹山泰二が控訴会社代表者乃美幸夫名義を冒用し、支払場所を同熊本支店とし金額二〇万円の約束手形を被控訴人宛に振り出し交付し、被控訴人は同銀行に取立委任の裏書をなしたため、控訴会社の当座預金から被控訴人に対し金二〇万円が支払われたのであつて、後日このことを知つた控訴会社は竹山泰二を詰問し、同人は金二〇万円を控訴会社に返済した。」と述べ、<立証省略>

被控訴人において「一、控訴会社主張一の事実中被控訴人が<世>の名義で控訴人に金員を貸しつけ、同金員は控訴会社の支配人である竹山泰二に交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。二の事実中正当に二〇万円の弁済を受けたことは認める。被控訴人が控訴会社に金員を貸与するについて、被控訴人の名義を表面に出さないよう竹山泰二に要請したのは、課税対策上のことからだけで他意はなく、その故をもつて被控訴人と竹山泰二とが結託して不正行為をなしたと言う控訴会社の主張は不当であり、また表見代理の成立を否認しうべきものでもない。二、竹山泰二が控訴会社の包括的代理としての職務を取らず他の会社員に事務引継をなしたのは、昭和三四年一二月末か翌三五年一月中のことで、控訴会社が本件強制執行を受けるや竹山泰二の責任を追求し、昭和三五年一月中に辞任を迫つたことがうかがわれる。(なお、竹山泰二は登記簿によれば昭和三六年六月二一日監査役を退任し、同二五日その旨登記されている。)三、被控訴人と控訴会社との金銭取引は、別紙明細表<省略>のとおりであつて、相当の未払金額に達したので、昭和三四年三月頃竹山泰二は被控訴人から控訴会社の借入金につき公正証書作成のための委任状の交付を要求されたことがあり、その後控訴会社代表者了解のもとに、代理権に基いて公正証書作成のため控訴会社代表者の委任状(甲第一号証)を得てこれを被控訴人に交付し、同年九月七日控訴会社代表者の印鑑証明書(甲第二号証)を被控訴人に交付し、また、竹山泰二は昭和三四年一一月一六日金四万円を弁済した際、控訴会社の被控訴人に対し負担する債務が同年九月二日現在合計金七二万五、〇〇〇円であることを確認し、かつ控訴会社代表者諒解の上六口の貸金をまとめて本件公正証書が作成されたのであつて、この公正証書は債務名義として有効であり、竹山泰二が控訴会社設立と同時に監査役に選任されたことは、同人の代理権を否定することにはならない。」と述べ<立証省略>た外は、原判決に書いてあるとおりである。

理由

一、被控訴人が昭和三五年一月一三日控訴会社に対する熊本地方法務局所属公証人岡田藤太作成第八三、一五二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基いて、同債務名義の債権残元金五二万五、〇〇〇円ありとして控訴会社所有の有体動産に対し強制執行をなしたこと、及び同公正証書の記載内容が控訴会社主張のとおりであることは、当事者間に争がない。

二、控訴会社は、被控訴人から金員の借用等により債務を負担したこと及び公正証書を作成したことがないと主張し、被控訴人は控訴会社が訴外竹山泰二を代理人として被控訴人から六口の金員を借り入れたのを一口にまとめて、元金七二万五、〇〇〇円とする本件公正証書が作成されたと主張するので考えるに、(一)原審控訴会社代表者乃美幸夫本人尋問の結果によつて認めうる甲第一号証の同代表者名下の印影が真正なものであること、乙第二号証の同代表者名下の印影及び公文書部分の成立に争がないことと、原審及び当審証人竹山泰二の各第一、二回証言とによつて成立を認めうる甲第一号証と右乙第二号証、(二)同証言(但し後記排斥部分を除く)、(三)右代表者名下の印影の成立につき争がない事実と同証言及び原審並びに当審被控訴本人尋問の結果を総合し全部成立を認めうる乙第三号証から第六号証まで、(四)同尋問の結果により成立を認めうる乙第八号証から第一〇号証まで、(五)同尋問の結果、(六)成立に争のない甲第四号証、乙第一、一一号証、(七)原審及び当審控訴会社代表者乃美幸夫尋問の結果の一部(後記排斥部分を除く)、(八)当事者弁論の全趣旨を合わせ考えると、控訴会社は昭和三一年一二月二六日設立登記をなして成立し、初め株式会社熊本世界長と称したが、昭和三六年五月一七日その商号を株式会社世界長雑貨部と変更し、主としてその親会社ともいうべき世界長ゴム株式会社のゴム製品、ビニール製品等の販売を目的とし、いわゆる資本金五〇万円の系列会社で、竹山泰二は同会社の代表取締役でかつ実質上の設立者である乃美幸夫とともに以前古荘商店に同僚として勤めていたこともあつて、同人とは懇意な間柄であつたため、同会社設立と同時に監査役に就任したが、乃美幸夫は訴外巴株式会社の事業経営に専従し控訴会社には月平均一、二日ないし四、五日位顔を見せる位の程度の時間出勤し、他の取締役は非常勤である関係上、控訴会社設立当初より、乃美幸夫から控訴会社の営業責任者として一切の営業経営を一任され、控訴会社代表者の印章を預り保管し、仕入れ、販売、資金の操作、支払手形の振出等についても代理権を与えられ、おそくとも控訴会社設立後一年位を経た頃には、同会社取締役の暗默の同意により同会社の営業に関する一切の行為をなす権限を有して支配人に選任され、引き続き昭和三五年一月退任するまで支配人の地位にあつた者で(同年一月頃退任したことは被控訴人の弁論の全趣旨において争わないところであり、竹山泰二がこの時より以前に取締役会の明示もしくは默示の同意、決議によつて支配人を解任されたという証拠はなく、またその選任、退任についての登記は存しない。)、控訴会社の支払手形の決済資金の不足を補うため、代理権限に基いて被控訴人から継続して金融を受けたのであるが、金利所得に対し課税されることを避けるため、被控訴人は控訴会社の帳簿に被控訴人の氏名が表われないよう要求したので、控訴会社の諸勘定簿には、控訴会社の親会社で主たる取引先である大阪市所在の世界長ゴム株式会社を示す<世>または借主の代理人竹山泰二の氏である竹山という名義をもつて貸主である被控訴人を示した記載も見受けられ、あるいは全く<世>、竹山の表示をしないこともあつたが、

(イ)  昭和三三年一二月二日金二〇万円(昭和三四年一二月一五日に元金二〇万円が弁済された。)

(ロ)  昭和三四年三月二日金二〇万円(同年九月三〇日振出の乙第三号証の約手に当る)

(ハ)  同年三月二五日金一〇万円(乙第六号証)

(ニ)  同年四月二〇日金一二万円(同年九月五日振出の乙第五号証の約手に当る)

(ホ)  同年五月二二日金一二万五、〇〇〇円(中二万円弁済され、乙第四号証の約手に当る)

を借用し(右の(ロ)(ニ)(ホ)の手形の振出日と借入日とが一致しないのは、約手の振出日を白地として振り出し、または書き替えたからである。)結局合計金七二万五、〇〇〇円をいずれも利息月六分の約で借り入れたこと、被控訴人は控訴会社に対する貸金が相当の額に達したので竹山泰二に対し昭和三四年三月下旬頃貸金について公正証書を作成するよう要求したので、その頃竹山泰二は控訴会社代表者の印鑑証明書(乙第二号証)を被控訴人に交付したが、公正証書を作成しないまま数ケ月を経過して、古い印鑑証明書となつてしまい、同証明書をもつては事実上公正証書を作成することが困難となつたので、被控訴人の再度の要求により竹山泰二は、控訴会社代表者了解の下に代理権限に基いて、同年九月初め頃公正証書の作成のための同代表者の委任状(甲第一号証)を作成して被控訴人に交付し、かつ、同代表者の印鑑証明書(甲第二号証)を被控訴人に交付し、昭和三四年九月二日現在において被控訴人に対する債務が前示六口の合計金七二万五、〇〇〇円であることを確認した上で、以上の書類により右債務を一口にまとめて乙第一号証の本件公正証書が作成されたもので、同公正証書は控訴会社の主張するように虚無の債権をあるかのように仮装した無効のものではないこと、その作成後内金二〇万円が弁済され現に元金五二万五、〇〇〇円残存することが認められる。原審及び当審における証人松原唯雄、竹山泰二の各証言、同じく控訴会社代表者尋問の結果、原審証人上村敏子、当審証人上田正雄の各証言中以上の認定にてい触する部分は上記援用の証拠と対照して採用できないし、以上の認定に副わない甲第三、四号証、甲第五号証ないし第一一号証(枝番を含む)、第一八号証ないし第二五号証(枝番を含む)中の記載部分は逐一控訴会社と被控訴人との取引を明細に表示するものでなく、また明細に表示しない書類を前提とする書類であるから、とつてもつて以上の認定を動かすに足りないし、その他に以上の認定を覆えすべき確証はない。

三、ところで控訴会社は、竹山泰二は本件被控訴人との金銭取引当時控訴会社の監査役に選任されていた者で、控訴会社の代理人として金員を借り入れた行為は、商法第二七六条の規定に違反し、控訴会社に対する関係においては、貸借行為は無効であると主張し、竹山泰二が当時控訴会社の監査役に選任されていた者であることは当事者間に争がなく、また同人が控訴会社の支配人であつたことは、先に認定したとおりであるが、商法第二七六条の規定は株式会社の会計監査の職務の公正な執行を保障するため、監査役が自身監査すべき監査の対象となる会社の業務を執行することは、会計監査の公正を期待しがたいという理由から、業務を執行する取締役または支配人その他の使用人を兼任することを禁止した主として会社内部を規律する規定であるから、監査役が取締役、支配人その他の使用人として業務を執行したときは、以後監査役として職務執行をすることが期待しがたいので、監査役として、その職務を執行することができず、かりに執行したとしても、その監査はもちろん無効であると解すべきであるが、監査役が取締役、支配人その他の使用人として第三者となした業務の執行行為が無効となるものと解すべき合理的理由はないから、これと異る見解に立つ控訴会社の主張は採用しない。

四、さらに控訴会社は、被控訴人は自己の名を表に出して貸しつけず、その名を秘して<世>又は竹山の名義で竹山泰二と結託して貸し付けた悪意の行為者であるから、竹山泰二に対する金員の貸付交付があつたからといつて、控訴会社に対する貸金債権であると主張できないと主張するが、前示証拠によると被控訴人は徴税官公署に対する税金対策上、竹山泰二に対し自己の名を表面に出さないよう要請したので、控訴会社代理人竹山泰二は控訴会社の諸勘定簿に借入先を控訴会社の親会社でその主たる取引先である世界長ゴム株式会社を表わす<世>または控訴会社の代理人として借用した竹山泰二の氏である竹山という表示をもつて記載した異例のものではあるが被控訴人と控訴会社代理人竹山泰二との間には、前認定のとおり正当に金員の貸借がなされたのであるから、これをもつて無効の貸借というなんらの根拠もないので、控訴会社の右主張も理由がない。

以上見たとおり控訴会社の主張はすべて理由がないので、請求を棄却すべく、同旨の原判決は相当で控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第五四八条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)

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